悪魔おじさん、いったいナニモノ? 意外と高尚な来日目的とは

ツール・ド・フランスの沿道で悪魔にふんして応援し続ける名物人間、悪魔おじさん。国籍はドイツ人で、毎年趣向を凝らした「変わり種自転車」を作って沿道に持ち込んでくる。その程度の情報は日本でも知られているが、いったいどんなひとなの?

2018ツール・ド・フランスではラルプデュエズのふもとで目撃。すかさずSAITAMAのプラカードに持ち替えるという芸の細かさ

「ディアブロ」。イタリア語で「悪魔」。そうは言っても、だれにでも愛される存在なので、「悪魔おじさん」と日本語にして自転車専門誌で紹介してからもう20年になる。2018年で66歳になったはずなのでボクよりも大先輩だが、ツール・ド・フランスのキャリアとしてはこっちのほうが古いので、彼の登場から今日までの足跡は目撃している。

悪魔おじさんは毎年ツール・ド・フランスの全日程を、赤い悪魔の衣装に身を包んで応援する。右手には悪魔の小道具であるヤリを携え、手作りの自転車を沿道にディスプレーして選手や関係者を待ち構えるのである。彼が出没するのは路面を見ると分かる。陣取っている場所のちょっと手前から、白ペンキでヤリのマークを路面に描いておくからだ。

2018ツール・ド・フランスではラルプデュエズの上りが始まる前、ブールドワザンの町はずれに出没

本名はディディ・センフトなので、顔見知りは「ディディ」と呼ぶ。職業は「自転車デザイナー」だと、もらった名刺には印刷されていた。風変わりな自転車を制作してキャンピングカーでけん引してくるので、まんざらウソではなさそうだ。聞くところによれば、何台かはギネスブックに掲載され、ベルリン近郊にはミュージアムもあるとか。

それにしても自転車は、バカでかいだけがインパクトで、乗り心地の悪そうなものばかりだ。たいていゴールから意外と離れた場所に陣取っている。熱心なファンが観戦するようなポイントをあえて外しているのが分かる。
「このあたりのほうが沿道も窮屈じゃなく、しっかりと応援できるからだ」という。前夜に乗りつけて、買い込んだ食材を自炊して簡素な夕食を済ませ、クルマの中で睡眠を取る。

沿道を走る関係車と見れば、ヤリを振りかざして奇声をあげるのが応援スタイル。でもボクがたまに相当早い時間に通り過ぎると、完全に気が抜けた姿を見かけるときがある。向こうも「見られちゃったなあ」とばかり、片手を軽く上げる程度だ。悪魔おじさんのテンションは常に高いわけじゃない。

2016年に初来日。このヤリを持って入国しようとしたら騒動になりますよね

悪魔おじさんとはボクも相当長いつきあいになる。ある年は「結婚したんだ」と奥さんを連れてきて、なんとビックリすることに赤い衣装の小悪魔で仲良く応援していた。翌年はその姿が見あたらなくて、うわさによれば愛想を尽かされて別れてしまったとか。悪魔も哀愁漂うのだ。

自転車ロードレースではゴールの手前1kmに赤い逆三角形の旗を設置するのがルールだが、「ドイツでは、赤は悪魔の意味なんだ。だから自らをそれになぞらえて赤い衣装を着用しているのだ」とコメントしているのを地元の新聞記事で読んだことがある。

ラスト1kmの赤い旗はフラムルージュ(赤の炎)とも呼ばれる。初めて目撃したときと比べると最近は外見的に老けてしまったが、ツール・ド・フランスを愛する気持ちはいまもメラメラと燃えて変わらないのに違いない。

来日時の身の回りのものはこの赤いナップサックだけ

悪魔おじさん初来日は間一髪
そんな奇妙な悪魔おじさんが初来日したのが2016年秋。ツール・ド・フランスさいたまの開催に合わせて羽田空港国際ターミナルにやって来た。着替えを1枚も持たずの一張羅。到着した空港で奇声を発してあわや入国できずの大騒動。日本でも大暴れを始めたのだ。

実はドイツの自宅を出たときからこの服のまま。手荷物は赤いナップサックしかない。そのため羽田空港の入国時に入国管理官や警備員もびっくりしたようで、強制送還の寸前だったようだ。到着ロビーでも奇声をあげ、日本に足を踏み入れたとたんに悪魔のパフォーマンス全開。結局、着替えはまったくなく来日中は常にこの格好だった。

日本のファンの間でも有名で、大会前後の滞在時には多くの目撃情報が寄せられた。滞在先となった朝食無料の東横INNでは朝食会場に1人でいる姿が目撃された。休憩を兼ねたお昼時もファンに見つかるとサインや写真撮影に応じた。ベジタリアンでアルコールは一切口にしないとの証言も。本人は日本でこれだけ人気があることに感激の面持ちで、当然のように2017年に再来日した。

ちなみに初来日時の騒動は本人としても紙一重だったらしく、来日2年目の際はヤリを3点分割式に改良して赤いナップサックに隠して入国ゲートをクリアしている。

高学歴な悪魔娘と。ディアブロという共通ワードで会話していた気がする

もう20年近くツール・ド・フランスの沿道にいるのに、英語もフランス語も話せない。彼といるときはコミュニケーションがほとんど取れない。そんなときに悪魔に満面の笑顔をもたらすキーワードが「マサオ」。といってもザギトワの秋田犬じゃない。

ツール・ド・フランスの全日程をMTBで追いかけるイラストレーター、自転車専門誌でも筆をふるう小河原政男くんだ。キャンプ道具を満載した自転車でアルプスやピレネーの峠にも登る。1994年から始めた、そんな「追っかけ」の旅は2018年で25年目になった。その政男くんが悪魔おじさんの盟友なのだ。とにかく会話が途切れたら「マサオ」と大喜び。ヤリを突き立てて「マサーオ」と叫ぶ。ボクはホントに疲れる…。

ツール・ド・フランスさいたまには大会協賛企業である建物総合管理会社の「クリーン工房」が悪魔おじさんを招待した。同社は2015年、高学歴女性タレントを起用した「悪魔娘」を結成して大会の盛り上げ役となったが、翌年はホンモノの悪魔おじさんの招へいを実現させ、悪魔娘と緊急ユニットを結成することになったのだ。

2017ツール・ド・フランスさいたまでは自らの写真展をブースで展開。ご満悦のようで

彼の来日の理由は「環境省のクールチョイス」をピーアールすることでもある。自転車は二酸化炭素を排出しない移動手段。地球温暖化対策としてみんなで自転車に乗ろうよ、健康にもいいし、と訴えているという(ドイツ語の学生ボランティアを介して取材)。

「ディディが会場に現れた際には大パニック。来日したトップ選手と並んで黄色い声援を浴びていました。64歳(当時)でありながら強靭な足腰で会場をさっそうと移動するし、自転車に乗って選手に交じってレースに参戦してしまうし」と悪魔娘のレイナ(東京大学大学院卒)。

「まさに神出鬼没。顔見世走行ではコースをブーツで全力疾走。私たちも表彰式まで登壇することになり感無量。汗なのか涙なのか涙腺が崩壊していました」と悪魔娘の永田祥子(同じく高学歴)。

ノンアルコールでベジタリアンなので来日時は喫茶店でディナー。コンタドールの引退直後で、「ありがとう、アルベルト」のTシャツ

2018ツール・ド・フランスではラルプデュエズの激坂の手前で悪魔おじさんを目撃した。ボクを見た悪魔はこれまで手にしていなかった「SAITAMA」のプラカードを持ちだし、「サイタマー!」と猛アピール。11月4日に開催されるツール・ド・フランスさいたまに連れていって!とアピールしていましたので、主催者のみなさまよろしくね。

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